大判例

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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)1839号 判決

原告 伊藤萬株式会社

右訴訟代理人弁護士 小林寛

同 久保井一匡

被告 長谷川商事株式会社

右訴訟代理人弁護士 平井勝也

同 松隈忠

右訴訟復代理人弁護士 田中幹夫

主文

被告は原告に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和三九年五月一二日以降完済まで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を被告の、残りを原告の負担とする。

この判決は、原告において金四〇万円の担保を供することを条件として、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金二五〇万円及びこれに対する昭和三九年五月一二日以降完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、

その請求の原因として、

一、原告は繊維製品その他雑貨の卸売輸出入等を業とし、被告は機械その他の雑貨の卸売輸出入を業としている。

二、原告と被告とは、被告取扱の輸入木材の買付につき、昭和三五年五月三一日大要次の要領に従う契約をなし、右契約に従い、原告は買付前払金五〇〇万円支払につき、同年六月八日支払期日を九〇日先とする額面前同金員にかかる約束手形を被告宛振出交付し、右手形金は支払期日に支払済であるから、前払金として被告において受領済である。

要約の主要な項目〈省略〉

三、右買付契約に予定した輸入木材の引取はなされなかったこれとは別に原被告間には被告取扱の輸入木材の買付が、昭和三五年二月五日から同年九月一五日までの間に合計七回にわたってなされたがいずれも別途に代金を支払済であるので結局前項記載の前払金五〇〇万円は代金に充てられることなく、被告において保留したままとなった。

そして、原被告間に被告が原告に対し右金員を持参又は送金して返還する旨の合意が成立し、被告はこれまで合計金二五〇万円を支払ったが、残債務金二五〇万円は支払わないでいる。

四、そこで、原告は被告に対し、前払金返還金二五〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和三九年五月一二日以降完済まで商事法定利率による遅延損害金の支払をなすよう、本訴により求める。

と述べ、

被告の抗弁事実を争い

一、被告主張のような業務提携申出にかかる各種利益供与の申込を受けたことはあるが、原告は被告の右申込を役員会、業務部長会議で審議の末いずれも否定し採用するにまで至らなかったものである。

二、本件債務金の処理につき、原告としては、過去において若干の減額をしてもよいとの交渉をしたことはあるが、それすらも纒まらずに了ったものである。

と述べた。〈証拠省略〉

被告訴訟代理人等は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

原告の請求の原因に対する答弁として

一、第一項の主張事実を認め、第二項以下の各主張事実を争ったが、原告主張の金五〇〇万円の授受手形支払によるがあったことは、これを明らかに争わず、

仮定の抗弁として、

仮りに被告が原告に対し原告主張の金員返還義務があるとしても、

一、まず原被告間の業務提携契約上の債務不履行に基づく損害賠償債権があるので、被告は右債権をもって本訴請求債権に対し対当額をもって本訴において相殺する。

即ち、被告は多年東南アジア方面において木材の現地伐採及びこれに伴なう木材の国内への輸入販売業務に従事し、訴外丸紅飯田株式会社からの資金援助を受けて順調に発展して来ていたものであるが、昭和三四年頃はあたかも木材の需要が極めて増大して被告もまた販路の拡張を見た時期で、輸入販売業者の完全なる売手市場であったところ、同年九月頃から原告は被告に対し度々輸入木材を購入したい旨申入れ、被告の拒絶に対しては金融上その他の諸便宜を与えるからと頻りに述べて懇請するので、被告も原告の希望を容れることとし、結局原被告間には次のごとき約定を骨子とする業務提携上の契約が、昭和三五年三月頃成立するに至ったものである。

(一)被告がインドネシアにおいて計画中の林業開発について原告は被告に全面的に協力し、被告が同地方から本部に輸入する木材のうち最低五〇%を原告が引取り買受ける。

(二)被告がインドネシアに派遣する要員二名の旅費滞在費として金一、二〇〇万円を、原告は無担保で貸渡し、且つ半額の金六〇〇万円を原告の負担とする。

(三)原告は金一、〇〇〇万円を無利息無担保で貸渡す。

しかるに、原告は、昭和三五年一〇月に至るや、突如右業務提携契約は履行が困難であるからといって契約上の債務不履行のまま放置し、誠実なる措置をとらず、これがため被告は同三六年春遂に木材部を閉鎖するの止むなきに至ったが、右に至るまで次のごとき損害を蒙った。

(一)現地派遣社員の費用分担金三〇〇万円〈中略〉

(二)原告の木材買取拒絶による損害金一一七万〇、四三八円〈中略〉

(三)原告は被告に対し、業務提携上の諸種の便宜を与えるのであるからといってその意思もないのに被告を欺き、現実の契約条項を無視して常に強引な値引を求め、被告は右便宜を受け得るものと信ぜしめられて、合計金二七九万五、三六一円の値引による損失を蒙らしめられた。〈中略〉

(一)(二)(三)の総計額は金六九六万五、七九九円である。

二、仮りに前記の業務提携契約が原被告間に正式に成立しなかったとしても、原告は被告に対し昭和三五年一月以降前記の趣旨の業務提携契約を間もなく締結する旨述べて被告にその旨信じさせ、その結果被告をして当時前記のように木材に関し取引先があった大手顧客の丸紅飯田株式会社との関係を破滅させたうえ、前項(一)(二)(三)の各損害を生ぜしめたまま契約の成立をことさら回避して放置する信義則違反をなしたから、原告は被告に対して右契約締結の予約の不履行に基き前同様の損害額を賠償義務として支払うべきものである。従って、被告は右債権をもって本訴請求権に対し対当額をもって相殺する。

三、また、もしも原告に右業務提携の契約を締結する意思がなかったとすれば、その意思がないのにも拘らず、更には契約を締結し得るか否かについて疑があるにも拘らず、被告にその意思あることを繰返し表明しかく信じさせて、前々項(一)(二)(三)の各損害を生ぜしめたのであるから、原告は被告に対し故意又は過失により不法行為責任として前記同額の損害を賠償すべき義務がある。従って被告は右債権をもって本訴請求債権に対し対当額をもって相殺する。

と述べた。〈証拠省略〉。

理由

一、請求原因第一項の事実は当事者間に争がなく、原告から被告に対し手形支払の形式で金五〇〇万円の交付があったことは、当事者間に争がない。〈証拠〉によれば、右金員は原告が請求原因第二項で述べる趣旨及び内容、条件で交付したものであり、〈証拠〉をも参酌すれば、被告は右金員決済の条件を熟知しながらその清算をなさず、昭和三六年二月一〇日残債務金として金三五〇万円の債務あることを認め、その後にも金一〇〇万円の返済をなし、前払金未清算残元金としては現在二五〇万円が計上されることを認めることができる。

二、そこで被告の抗弁について判断するのに、まず、被告主張の業務提携契約の成立について考える。

〈証拠〉を綜合すれば、被告が右契約成立の証として援用している乙第一号証は甲第三号証即ち被告送付の業務提携案のメモを基本草案とし、原告における営業部長会議で審議のため原告社内においてタイプしたもので、内容において多少の相違があるが骨子は被告の希望を主軸に取入れたものというべく、被告もその承認を切願していたのであるが、既に右部長会議に上程される前に相当程度原告側の利益に修正を加えられていたのに拘らず、遂に審議の結果成文としては承認されずに終ったこと、もっとも右のように修正が加えられていた点からすれば、被告輸入木材消化量五〇%の設定とか、減縮した取引量の範囲内で昭和三五年四月から同三六年三月にかけて年間約二、〇五二万円の取扱量を想定し、または貸売枠限度一、〇〇〇万円の設定、現金一、〇〇〇万円無利息無担保での貸与、被告派遣現地要員の費用負担、契約二年間存続の乙第一号証による諸条件についてはその全部についてではないが、相当部分については、原告担当社員においてもある程度実現の可能性を見込み、被告のために希望実現につき援助を約したと推認され、あながちに被告の申出条件が一方的で原告の部長会議で一しゅうされたと認める訳にはいかないと解される。

しかしながら、個人的な思惑取引であるのならば格別、相当の基盤を有する商社間の継続的大量取引の基本契約としては、申出条件を案文として検討した結果、結局成文として承認されなかったものである以上は、当事会社双方を法的に拘束する効果を右案文に付与することはできず、原被告間では被告主張の業務提携契約は成立に至らなかった、即ち不存在であるというのを相当とする。〈省略〉。

三、従って、右業務提携契約の存在を前提として立論されている被告の抗弁第一(契約上の債務不履行)は、爾余の判断をなすまでもなく失当として排斥を免れない。

ところで、右業務提携契約締結の予約上の不履行を理由とする抗弁第二についてであるが、その云わんとする趣旨は、既に契約の正式締結につき被告からの希望の申出もあり、原告においてもこれを担当者において了知のうえ、部長会議に上程するよう手続し、その間に折衝も進められて、更にはその間に、原被告間にあたかも業務提携契約成立を前提としたごとき、その内容も協議中の取引の一態様をなす取引が具体化された以上(成立に争のない乙第二号証―昭和三五年二月一五日発注書を被告は援用する)、原告は不用意に且つ信義則に反して予防上の義務違反において契約の正式成立を妨げたというのであろうが、〈証拠〉により被告のメモが原告宛送付されたのが同月二六日付信頼書によるものであることは明らかで、また〈証拠〉によれば、被告の希望が原告の部長会議で不承認と決ったのは同年三月初であると認められる点からして、以上のような拘束力を伴なう予約(ここでは当然に双務的なものになろう)が原被告間に当時右取引期間中を通じて既に存していたと認めることは無理で、予約上の債務不履行を理由とする損害賠償請求を唱える右被告の主張も、結局採用できないというほかはない。

四、しかしながら、以上認定のように原被告間に昭和三五年二月末に折衝の末の基本契約の案文がともかく出来上り、その間に同月中相当量の木材取引の発注がなされ、〈証拠〉によれば、原告からの取引の申出は既に前年の昭和三四年夏頃からなされたこと、当時被告はインドネシア国内産木材の本邦への輸入につき同国で特別承認を与えられていた少数の商社のうちの一で、本邦における木材需要の活況に恵まれ多量の資金を要することから名ある商社との提携を希望し、原告以外にも取引の申出をなすもののあったこと、のみならず被告代表者は訴外丸紅飯田株式会社と縁故があり、原告からの取引申出に対しても取捨を迷うほどであったが、原告との取引が後日数回行われたのちは、往時の関係をもはや取戻すことができなくなるに至ったこと、原被告間には昭和三五年二月を初として同年九月頃まで数回のインドネシア国内産木材の輸入引取(売買)がなされたこと、原被告間の取引が継続されなくなるに至った経緯の詳細や理由は十分に明らかでないが、被告主張の原告引取拒絶に基く他に転売のラワン材(抗弁主張事実中(二)に該当)の取引についてのみは、被告において明らかに欠損となったこと、この分については被告主張のとおり差引損金一一七万〇、四二八円が計上されること

〈証拠省略〉、原告は被告との連係が実現されるかも知れない時期頃から不用意に広く巷間に右情況を播布し、結局は業務提携の基本契約が成立しなかった被告に対して、数回の取引が終了したのち、不必要な業務の阻害を加え欠損の発生を結果するに至ったこと、が認められるので、これらの事情を綜合して考えると、原告は被告に対し、業務提携折衝上の過程において必要以上の介入をなして被告の契約締結への期待を誘引し、これを基にして若干の経済的負担を招来させ、これによって被告の利益を害したということができる。

しかして、右認定の不法行為に基く損害の範囲について考えるのに、前記のとおりのラワン材取引の損失金計上の事実と、乙第一号証(前記提携メモ)第一項にいう原告の木材引取量五〇%の設定の話合のあったこと、並びに〈証拠〉を綜合すれば、これを金五〇万円の限度で認めるのを相当とする。

従って、本訴において右認容の限度で被告の不法行為に基く損害賠償請求権による相殺の主張を容れ右請求権は遅くも原被告間に取引の持続が見られなくなるに至った昭和三五年九月末頃をもって発生したと認められるから、対当額において原告の本訴請求権元本と相殺の効果を生じたものと解する〈以下省略〉。

(裁判官 岡山宏)

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